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福井地方裁判所武生支部 昭和55年(ワ)42号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、「日本利器製作所」の商号を使用してはならない。

2  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、福井県武生市で、昭和二二年ころから小農具・刃物・工具・家庭用金物等の販売を営む「合資会社日本利器工業所」なる登記商号を有する営業を承継して、昭和二五年一二月一九日設立された株式会社であり、右設立以後一貫して現在まで「日本利器工業株式会社」なる登記商号(以下「本件商号」という。)を使用している。

したがって、本件商号の「日本利器工業」なる名称は、右株式会社設立当時既に顧客間に広く認識周知されるに至っていた。

2  被告は、昭和二四年七月四日設立された原告同様武生市で利器類の販売を営む株式会社であり、設立当初から多年にわたり登記商号である「株式会社沢数馬商店」なる商号を用いて営業を行ってきたが、原告が長年にわたる通信販売活動によって漸く全国各地の顧客から小農具・利器類の販売元としての信用を獲得するに至るやその信用に便乗して被告の商品を販売しようとする不正競争の目的若しくは不正の目的をもって、昭和四七年ころから、本件商号と類似した「日本利器製作所」なる商号を用い、又は昭和四九年に「日本利器製作所」なる標章を商標として登録したものの、この登録商標(以下「本件商標」という)を利器類の製造・販売元を表示する被告の商号として、右登記商号と併せて、あるいは単独で、使用している。

3  原告は、被告が以上のような故意に基づく類似商号を使用し、他人をして被告の営業を原告の営業活動と誤認混同させたことにより、金五〇〇万円を下らない営業上の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、商法二〇条、二一条、不正競争防止法一条一項二号により、類似商号の使用の差止めと既に被った損害の内金五〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実中、原告が武生市内で小農具・利器類の販売を営む株式会社であること、本件商号を有することは認める。原告の設立時期、本件商号の使用状況は知らない。その余の事実は否認する。

2  同2の事実中、被告が昭和二四年七月四日設立されたこと、武生市を営業の本拠地として小農具・利器類の販売(但し製造業も兼営)を業とする株式会社であること、被告が設立当初から「株式会社沢数馬商店」なる登記商号を現在まで用いていること、昭和四九年三月一八日本件商標の登録を得たことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  原告の本件商号は、以下の理由により周知性を有していない。

すなわち、本件商号と全く同一の商号を有する会社が岐阜県関市新田に存在し、本件商号と極めて類似した商号を有する「日本利器株式会社」なる会社が大阪市西淀区野里に、「日本理器」なる商号を有する会社が同市西区阿波座にそれぞれ存在し、原告の本件商号は何ら独自性のあるものでも排他的に使用されているものでもない。

原告が、設立当初から現在に至るまで営業表示としての「敏馬刃物」・「株式会社山敏本店」・「山敏」等の表示を使用していることも、一面においては原告自身本件商号の右の如き独自性、周知性のなさを自認しているものであり、他面において、右の如く種々の営業表示を多用することがかえって、本件商号の原告を表示する指標力を拡散させ、周知性獲得を妨げてきた。

5  被告には不正競争ないし不正の目的がない。

被告の創業者沢数馬は、大正一二年から小農具・利器類の販売業を独立開業し、当初から営業並びに商品の標章として「日本」(玉日本のマーク)を用い、昭和三年七月一四日「日本」(ヤマカ玉日本)の商標登録を得、「日本鎌」のマーク入りレッテルを貼付した鎌の販売拡張に努力しさらに昭和一一年武生市上市に工場を設けて製造部門を併設し、その際「日本印鎌庖丁製作所」なる標章を用いて業績を拡大した結果「日本」ないし「日本印鎌庖丁製作所」なる商標・標章は、原告設立のはるか以前から取引者や需要家の間に広く認識され周知表示となっていた。被告は、個人企業としての沢数馬の右営業と各種の登録商標、標章を承継して設立され、昭和四三年「日本」等の登録商標の連合商標として本件商標の出願をなしたところ、昭和四九年三月一八日本件商標の登録を取得したものである。

右一連の経過と原告の本件商号の周知性の乏しさに鑑みると被告に不正競争ないし不正の目的がないことは明らかである。

三  抗弁

1  登録商標である本件商標を指定商品である手動利器の商品及びこれに関する広告に附して展示・頒布する行為は商標法に基づく正当な権利の行使である。

2  被告はその設立に際し、前記二5のとおり被告の創業者である沢数馬が個人営業において当初から使用していた「日本」及び昭和一一年から使用していた「日本印鎌庖丁製作所」なる表示を営業とともに承継し、そのうえで、鎌庖丁のみならず利器一般を扱うようになった被告の業容の拡大変化等に伴ない「鎌庖丁」を「利器」とあらためた本件商標を登録し使用しているものである。右旧来表示の善意使用は、原告の設立以前からのものであることは前記のとおりであり、「利器」なる用語は「鎌庖丁」と同義語で且つその上位概念であり刃物類の普通名称若しくは慣用表示であるから、先使用判断に関しては同一性を有する。

四  抗弁に対する認否

すべて否認ないし争う。

第三証拠《略》

理由

一  本件商号の周知性について

1  原告が、武生市内で小農具・利器類の販売を営む株式会社であること、本件商号(日本利器工業株式会社)を有することは当事者間に争いがない。

2  《証拠略》を総合すると、原告は、昭和二五年一二月一九日本件商号をもって設立登記された資本金二〇〇〇万円、役員以外の従業員数は略一〇名、年商約二億九〇〇〇万円の規模を有する会社であること、原告の営業活動の概要は、商品の打刃物については兵庫県三木市、名古屋、新潟、武生市内の打刃物業者から仕入れ、農機具・家庭金物については東大阪・福井の特定業者から仕入れ、右各商品の約七割を福井県下の約四〇の農業協同組合(以下「農協」という。)の取次を経て一般消費者に対して販売し、残り三割を長野・静岡・山梨各県下の問屋・小売店に対し通信ないし訪問の方法により販売するものであること、農協を経由する販売方法は、原告の方で企画・立案した農協名義の商品チラシを一回につき二〇万枚程作成用意し、これを年五・六回前示農協に配布し、農協が一般消費者からの注文を取りまとめて原告に一括注文し、原告が納品するというものであり、通信販売は、前示問屋・小売店にカタログ価格表を送付し、右各店から郵便ないし電話で注文を受け納品するというものであること、ところで、原告は、右設立以後原告の代表者である山田敏夫の氏名を略した「山敏」若しくは「山敏本店」・「株式会社山敏本店」なる営業表示を使用することも多かったが、主として登記された本件商号によって営業活動を行ってきたこと、以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断略》

3  右各事実を総合勘案すると、原告の本件商号は遅くとも設立から一〇年を経過した昭和三五年ごろには、前示仕入れ及び販売先の各地において周知性を取得していたものと推認することができる。

4  なお、《証拠略》によると、被告主張の如く、本件商号と全く同一の商号を有する会社(昭和一五年一二月二〇日に設立登記され、工場を岐阜県関市に有し、原告と一部取扱商品が競合する。)が東京都に存在し、本件商号と極めて類似した「日本理器株式会社」なる商標(昭和五四年五月三一日登録)を有する会社が東大阪市に、「日本理器株式会社営業本部」なる商号を有する会社(資本金四億一〇〇〇万円、従業員数三〇〇名の工具メーカー)が大阪市に、それぞれ存在することが認められる。右認定の事実によると、原告の本件商号が排他性、独自性に乏しいものであることを指摘することはできるが、それ故に本件商号が、原告の前示営業活動の範囲内において周知性を取得するに至った認定が左右されるわけのものではない。

二  本件商号と本件商標の類似性について

1  被告が、昭和二四年七月四日設立された武生市を営業の本拠として小農具・利器類の製造販売を業とする株式会社であること、被告が「株式会社沢数馬商店」なる登記商号を設立当初から現在まで用いていること、昭和四九年三月一八日本件商標の登録を被告が得たことは当事者間に争いがない。

2  《証拠略》を総合すると、左記の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  すなわち、被告の創業者沢数馬は、大正一四年ごろ、小農具・利器類の販売業を独立開業した。同人は創業当初から営業並びに商品の標章として、「宝珠の玉日本」のマーク(日本)を愛用し、昭和三年ごろ、これを商標として登録しようとしたが、第三者が宝珠の玉()のみを商標登録申請していた関係で、「ヤマカ」印()を宝珠の玉()に重ね、その下に「ヤマカ玉日本」と横書きした字を組合わせたものを同年七月一四日手動利器等の指定商品につき商標登録したのを初めとして、昭和二四年二月二二日に「日本(タマニツポン)」なる登録商標を得、同年七月四日に被告が右沢数馬の営業と各種の標章・登録商標を承継して設立された後も、昭和四二年五月三日「(たまやうし)」、昭和四七年二月一日「日本(タマニホン)」の各商標登録を受けた上で、昭和四三年これらの商標の連合商標として「日本(タマニホン)利器製作所」なる本件商標の登録出願をなし、前認定のとおり登録を受けたものである。

(二)  右沢数馬は、右の間一貫して「日本」の標章を使用したほか、昭和二〇年ごろ以降は「日本印鎌庖丁製作所」なる標章も合わせ使用し、前記昭和四三年ごろには被告においてその業容の拡大変化に対応し、右標章のうちの「鎌庖丁」を「利器」と修正して「日本利器製作所」としたうえ、これを単独で、或いは登記商号と合わせて使用していた。

(三)  沢数馬の営業活動は、戦前において既に関東・甲信越・北陸・岐阜・兵庫の各県下の広範囲に及び、前記各商標、標章は右各地の取引者間において著名であったが、戦後も昭和二二年一月の福井県利器工業協同組合の設立に発起人として参画し、昭和二七年以降、右組合の代表理事としての職務を遂行しつつ、被告の代表者としてその業績の伸長に努めた。被告は、現在資本金二〇〇〇万円、年商約六億円、従業員数二五名の規模の会社であり、その営業方法は右の各地に開拓した約五〇〇軒の問屋・小売店に社員が定期的に出張して注文を受け納品する方法を主とし、その他は、原告同様福井県下の農協に取次を依頼し、農協名義のチラシを一般消費者に配布し農協において取りまとめられた受注に対し納品するという方法によるものである。右五〇〇軒の得意先のうち原告と競合することの明瞭なものは二軒である。

3  そこで、右認定の如き被告の本件商標及びその登録前の「日本(タマニホン)利器製作所」なる標章の使用経緯・態様・状況を踏まえ、本件商号との類似性について、次に検討することとする。

(一)  商号の類似性は、まず一般取引市場における取引者・需要者を基準として離隔的観察により営業主体が混同誤認される虞があるかどうかであるが、その具体的な判断にあたっては取引界の実情において略称通称される場合の識別力豊かな要部に着目し、その要部観察における外観・称呼・観念の近似性を重要な要素として判断されねばならず、そのうえで全体的な評価観察を付加しなければならないと考えられる。

(二)  右基準に従って、略称されるべき要部が何かを検討すると、本件商号については「日本利器」、本件商標については「日本(タマニホン)」ないし「日本(タマニホン)利器」とみるのが相当である。原告は類似性判断にあたっては「(タマ)」なる図形(タマなるふり仮名を付したものも、付さないものも含む・以下同様)を無視ないしは「日本」以下の文字から切り離して考察すべきである旨主張するが、前記二2認定のとおり沢数馬の戦前からの活動を承けた被告の長年にわたる営業活動とその間の常に図形と文字を不可分に結合した「日本」及びこれを含む標章、商標の一貫した使用を通じて、通称で観念される取引界の実情の中に相当程度右の不可分一体の外観・称呼は定着しているものとみられること、類似性は現実に使用されている態様・状況において判断されねばならないことからすると、原告の右主張は理由がない。

(三)  そこで、「日本利器」と「日本(タマニホン)」ないし「日本(タマニホン)利器」とを相互に比較した場合、「日本」ないし「日本利器」の文字部分は共通しているのであるが、「利器」なる用語が刃物の一般名称として使用されていることは商標法施行規則別表第一三類からみて明らかであり、「日本」も我が国の国号を示すものとしてありふれた名称ないしは慣用表示とも考えられ、共にそれ程識別化に役立つ表示とはいえない。

したがって、これを結合して「日本利器」なる表示としてもそれ自体では特段に識別力豊かな表示に転化するわけのものではない。強力な宣伝広告等によって圧倒的な周知性を獲得したような表示は格別、本来は、この種表示は特定人による独占若しくは排他性を認めにくい要素があるやに考えられる。本件商号と全く同一の商号を有する会社や極めて類似した商号・商標を有する会社が存在するとの前示一4認定の事実もこのことのひとつの例証といえなくもない。したがって類似性判断に際してはこの文字部分の共通性をあまりに重視することは相当でないといわねばならない。これに対し、右各文字と不可分に「(タマ)」なる図形が結合した「日本(タマニホン)」ないし「日本(タマニホン)利器」は「(タマ)」の図形の強い個性により、全体として識別力豊かな表示となり、「日本利器」とは外観・称呼において明らかに非類似であるといわなければならない。本件商標の存在にも拘らず、昭和五四年五月三一日「日本理器」なる商標が、本件商標同様前記別表一三類の商品を指定商品として登録されたとの前示一4認定の事実は、この点のひとつの論拠となるものと考えられる。なお、本件商標と本件商号との全体的観察を付加すれば、双方の非類似性の程度はより強いものとなるといわなければならない。

(四)  また、不正競争防止法一条一項二号の営業主体混同行為の判断にあたっては、特に本件商号と本件商標双方の周知性の強さの比較、営業態様とりわけ競業の程度、営業規模等を総合して具体的な混同の危険性の有無を検討しなければならないところ、前記一、二に認定した事実を総合勘案すると、混同の可能性はこれを認めるに足りない。

(五)  なお、《証拠略》によると、被告宛の郵便物が原告に誤配された例が二例あったことが認められる。しかし、《証拠略》によると、その誤配の原因は、差出人(得意先)に原告と被告の混同があったからではなく、差出人が原告の宛名を表示するにあたって、本件商標を記載しようとしたものの、誤って「」ないし「タマ」の表示を書き落したため郵便の誤配を招いたものに過ぎない。すなわち、本件商標が一般取引市場において本件商号との混同を惹起した事例ではないから、右事実は、本件商標とが非類似であるとの前示認定を何ら左右するものではない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので失当として棄却すべきである。よって訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柄夛貞介)

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